富本憲吉 『天目釉壷』 鑑定書付属

富本憲吉 『天目釉壷』です。
1933年作 底面に在銘。
共箱・鑑定書が付属しております。

富本憲吉(とみもと けんきち/1886-1963)は
22歳で渡った留学先のロンドンで
アーツ&クラフツの工芸思想に傾倒。
帰国後、生涯の友となるバーナード・リーチとの出会いにより
陶芸の道に進みました。

楽焼から始まった富本の陶業は
土焼、白磁、染付、色絵、金銀彩と非常に多岐に渡り、
四弁花や羊歯など独自の様式も考案。

1955年に色絵磁器で重要無形文化財(人間国宝)に認定、
1961年には文化勲章を受章しており、
日本の近代陶芸界に多大な貢献をもたらした功労者として
高く評価されています。

『天目釉壷』は、理知に富んだ端正な佇まいが
見る人を惹きつける作品です。

洗練のかたち、艶黒の釉はしっとりとした気品を備え、
薄掛けの美しい茶の発色が
ときおり豊かな表情を覗かせます。

既成の模倣を許さず、
独創の陶芸世界を切り開いた先駆者の美意識を
是非お手元でお愉しみ下さい。


共箱の蓋裏に木材の欠損があります。
経年による少々の傷や擦れ、底面の汚れなどが見受けられます。



- 富本憲吉 略歴 -

1886年 奈良県安堵村東安堵に生まれる。
1904年 東京美術学校図案科入学。
1908年 英国に留学。 ロンドン市会立セントラル・スクール・オブ・アーツ入学。
1911年 帰国。
     バーナード・リーチとともに六代目尾形乾山に入門。
1926年 柳宗悦、河井寛次郎、浜田庄司らと『日本民藝美術館設立趣意書』起草に参加。
1927年 国画創作協会会員に推挙。
1931年 日本版画協会会員に推挙。
     英国にてバーナード・リーチと合同展開催。
1935年 帝国美術院会員に推挙。
1937年 芸術院会員に推挙。
1944年 東京美術学校教授に就任。
1946年 東京美術学校教授を辞任。芸術院退会。国画会退会。
1947年 新匠美術工芸会結成。
1949年 京都市立美術専門学校客員教授に就任。
1950年 京都市立美術大学教授に就任。
1954年 バーナード・リーチ・浜田庄司・河井寛次郎と『4人展』開催。
1955年 第1回重要無形文化財(人間国宝)認定。
1961年 文化勲章受章。
1963年 京都市立美術大学教授を定年退職、同大学学長に就任。
     6月死去。
     従三位、勲二等旭日重光章受章。


サイズ:
壷 高さ約15.1cm 胴径約17.2cm
箱 高さ約19cm 幅約19cm 奥行き約18cm

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型番 ad20004
販売価格
789,000円(税込)
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